Angels.

 なんで二次創作を書き始めてしまったんだろう?と、今日ふと思った。

 

5月から突然に、思いつくままにぶわーと書き出して、仕事と育児以外の時間はPCに向かっていたのだよなあ。仕事と育児をして、あまる時間とは睡眠時間でした。

 

 Angels.を書き始めてからは、時間配分がこなれてきて、お話の全体像があるってすごく良いことなんだな!と気づいた。遅。それまでは、そのとき思った通りに書くだけだったから。

 

 重厚「Angels.」と、なだらかに二人の個人的な恋の話「砂の跡」と、短文寄せ集め「甘くて狭い」の3シリーズを順番にぐるぐる書いていったら最高においしいやんと思ったんだけど、Angels.だけがとんとんと進む現状。

 

 Angels.は、まじめに書いてる。書くこと自体が、自分の内側にある表現したいものとやっと繋がってきたのだろう。

 

 ラストを2作品のクロスオーバーさせてひとつにすること、人ではない何かってものを具体にすること、TharnTypeで描かれていた濃密なLOVEやLiving the Lifeは自分の中で何として受け取られたのか、などなどをまるっと落とし込みつつ。

 

 おこがましい言い方だけど、文学として書いてる。わ、ぞっとするほどおこがましいな。。!

 

 変なこだわりだけど、二次創作、パロディ、を書くとき、熱量が、その元作品を作られた方々の熱量を消費するかたちで生まれているのなら、生産、クリエイションにして出力したい。みたいな感覚があって。

 

 リスペクトや好意を言うだけじゃなくて、かたちにしたいな。(下手は下手でも。◀︎こう言えることが、二次創作の世界の自由さだと思う)

 

 だって本とか読まないし、中学時代の檸檬で読書歴は終了しとるし。二次創作の世界も知らんし。でもすごくいろんな表現の仕方や、展開の仕方を自分なりに試しながら書いていて、たくさん発見がある!それもとっても楽しい。

 

 ふたつの素晴らしい作品それぞれに、キャラクターを様々なアプローチで作り込まれて、演者の方々の深い洞察によって彫り込まれて、ロケーションや陰影、マーケティングも含めて。。。愛すべきキャラクターが生まれるんだなと感じると、自分が受け取ったそれは、じゃあ、この二次創作の作品世界の中でどんなふうに表現できるだろう?って思う。

 

 Angels.はだから、丁寧に、自分に今表現できるだけの豊かな世界を書いてみようと思ったのでした。ターンとタイプがリアルにそこに生きているって、ターンとタイプが大好きな自分にとって何よりうれしいことだし。

 

 時折いただくメッセージもとってもうれしい。NCシーンも滅多にないし、こう、ぐっとくる感じでもないのではと思うのだけれど、拝読すると、それぞれの方の人生の豊かさや、アイデンティティに触れたようなお話がいただけていて、それは本当に思ってもみないことだったし、だけど考えてみたら、そういう世界を描くってことは、そしてpixivっていう人の目に触れる場所に置くっていうことは、他の方々のそういう部分に触れるために書いたものだとも言えることなんだなと思いました。

 

 20万字以上かかってやっとターンとタイプが出会えて、どうやって生きていくのかなあと思うと、楽しみ。

 

 ここからしばらく、年末調整だの決算だのがあるので、12月までにターンとタイプが再会する章を書き終わりたかったんだけど、それができてよかったー。

 

 

今日は特にデスマスがぐちゃぐちゃな文章になったな。。。